アドニスたちの庭にて

    “お兄様は同級生?”

 

大学の授業はそれまでのとは趣きが違って、
何と言っても自分たちの“教室”ってものがないのが大きく違う。
1年何組がいて、そこへと各科目担当の先生が来るというパターンじゃなくて、
何曜日何時間目の○○の講義は◇◇号講義室で開講という具合に、
全講座が移動教室制のような格好になっているから、
それを追っかけるように移動しなきゃならないし。
何かのサークルにでも入らなきゃ、空き時間に身を置くところはなくって。
談話室か構内のカフェか、図書館、それか、講義がなくての空いている講義室。
そゆとこで予習をしたりお友達と過ごしたりするのが、
最初のうちはひどく落ち着かなくて困ったっけ。
成績というか“単位”も、自分で管理しなきゃあならなくて、
必要な単位を幾つと自分で計算しての、
講義をどう履修するか考えて、自分で“時間割”を作らなきゃならない。
一回生の内は、取れるだけ単位を取っておいた方が後々楽だよと
仲のいい先輩さんから言われたので。
毎日のほとんどが講義で埋まってるスケジュールにしたところが…。




六月も半ばを過ぎての、そろそろ梅雨も本格化するのではと言われている頃合い。
木々の梢に躍る青葉の色も濃くなって、
髪や頬を撫でもって、吹き抜けてゆく風は清かに緑。
何とか大学の講義形態にも慣れて来て、
今のところは基礎知識っぽい必修科目の講義を聴講するばかり。
此処“白騎士学園大学部”へと進学し、
そんな日々を送っている小早川瀬那くんにとって、
水曜日の二時限目は、他の講義とはちょっぴり意味合いが違ったりし。

 『…進さん?』
 『ああ。』

これはセナたちには選択科目になる“心理学”の講座。
履修してもしなくてもという講義だったけれど、
単位は取れるときに取っといたほうがと高見さんから言われたのを思い出し、
期末考査もレポートを出すだけの
確実に単位が取れる講義だからとは桜庭さんから教えていただき、
それでと選択したのだけれど。
まさかその講義、進さんも受けに来ていようとは。
忘れもしない、四月の半ば。
広々とした講義室の、半ば埋まりかけていた ひな壇のようになった座席の一角に、
セナにとっては視野に入ったらもうもう外せようがない、
大好きなお兄様が、あ・いやいや、先輩がいらしたのを目撃した時は、

 ――― 何で?どうして? でも嬉しいvv

色んな気持ちが一気に交錯し、お顔が定まらないで困ったものだ。
進さんの方でもこちらに気がついて、
一緒だったモン太くんと二人、目顔で呼んで下さったので。
間近まで寄ってはみたものの…。

 『あのあの…。』
 『?』

まさかそんな、進さんが単位を取り損ねて再履修だなんてあり得ない。
でもじゃあどうしてかしらと不思議に思って、
大きな双眸を きゅ〜んと潤ませて見つめていれば、

 『俺が一回生の時は、数学@と重なっていた。』
 『あ…。』

昨年度は、いやいや今年度もそうなんだけれど。
どっちかを選びましょうねとなっている2つの講義。
そっか、進さんは数学を選択したのか。
今年の履修ではこの時間がぽかりと空いていたので、それでと。
この講義も選択なさったのだそうで…って、そんなそんな。///////

 “わーわーわーっ!//////////

担当の助教授の先生がいらして、講義が始まって。
でも、セナはなかなか落ち着けなかったの。
だってすぐのお隣りには進さんがいる。
ちらと視線を向ければ、机の上に無造作に置かれた手が見えて。
大きいし、骨格からしてがっつりしていて、
頼もしくて強そうな手だなぁって見とれてしまう。
ああ、ペンケースがすごく小さく見える。
すぐのお隣りだから、二の腕同士も間近で、
くっついてる訳じゃあないのに、ほわんて暖かいのが伝わって来て。
ああ制服じゃあないものね。シャツ越しの温みが伝わって来るんだ。
何だか いい匂いもしてくるみたい。
進さんって、もうすっかりと大人みたいに精悍だし…。
そんなこんなを意識するだけで、もうもうドキドキしちゃって大変で。
初日の講義は全っ然お耳に入ってないの、先生ごめんなさいです。

 『小早川?』

講義が終わってすぐ、真っ赤になってたのを心配されて、それから、

 『もう忘れてしまったのか?』
 『はい?』

何のことでしょうかと小首を傾げたら、

  ――― 高等部時代、緑陰館で。

そうと短く仰有ったのへ、

 『あ…。』

ああ、そうでしたとセナくんも思い出す。
古めかしい、でもどこか可愛らしかった、明るい執務室。
大きな楕円のテーブルで、お隣りに座ってお仕事のお手伝いをしましたね。
窓辺では小さな卓を挟むようにして向かい合ってチェスもした。
ポプラの木陰に並んで座ってお弁当も食べた。

  ――― すぐの傍らまでくっついての寄り添うとお顔が見えなくて、
       でもお姿を見ようと思ったら、多少は離れなきゃならなくて。

どっちもって望むのは欲張りなんでしょうかしらなんて、
セナの精一杯な我儘がそんな言いようだったのまで、
お兄様は今も覚えておいでだったのに。

 『あ…と。そうでした。/////////

高校総体では、宿舎に戻る道すがら、
電車の揺れについうとうとして、お兄様の二の腕へ凭れもしたのに。
他でだって…そのあの色々、
いっぱいいっぱい くっついたりさせてもいただいたのに。
そうまで甘えていたものが、すっかり忘れてしまったか、
こんなに緊張してアガるなんて訝
おかしいし、
困ったようなお顔、させちゃったことの方がごめんなさいだったセナくんで。

 『…。』

そんなして困らなくてもいいからねって、
ぽふぽふって頭を撫でて下さったお兄様は、
凛々しい風貌もそのままならば、
こちらもまた全然変わらない、優しい眸をしてらしたから。
小さなセナくん、やっと落ち着けての愛らしく笑い返せたのでした。





それからは、少しずつ。
講義の前後に一杯お話もしての少しずつ。
元通りになるよう馴染ませていっての今はもう、

 「…?」

ぽそりと、お兄様の雄々しい二の腕へシャツ越しに凭れて、
居眠り出来るほど、すっかりと馴染んでしまった、
セナくんだったりするそうです。
そして、

 「…。」

窓から差し込む陽射しに、ふわふかな髪を甘い色合いに暖めて。
柔らかな頬へと落ちる、ちょんと小さな小鼻の陰も淡く。
くうくうとそれは安心して眠っている弟くんの寝顔に見とれて、
お兄様の方までが気もそぞろになるのは困ったものですが…。
(苦笑)






  ◇  ◇  ◇



「でもサ、隣り同士で講義受けるのって、そんなに嬉し楽しいことかなぁ。」
「何ですよ、今更。」
「だぁってサ。同じ“一緒にいる”んだったら、
 静かなカフェでとか、きれいな砂浜で二人きりとか、
 そういうのの方が断然いいじゃない。」
「学年違いって立場のお二人ですからね。
 こんなことでもなけりゃあ、まずは体験出来なかったこと。嬉しいんでしょうよ。」
「で〜も。何を好きこのんで、堅っ苦しい講義なんか受けるってなパターンを。」
「セナくんはまだ一回生ですから履修表はぎっちり埋まってて、
 お昼休み以外はゆっくり一緒にいられない。
 それへと早々に気がつけたなんて、あの進にしちゃあ上出来だと思いますがねぇ。」
「それでもサ。」
「誰もが桜庭くん同様って訳じゃあありませんて。それに、」
「? それに?」
「いえ…。あ、そうそう。ご存じでしたか?」
「なぁに?」
「R大の統計学講座の方々が、
 講義資料のサンプリングを取るためにって、明日おいでになるそうです。」
「…R大?」
「ええ。
 まあ、講義の一環でのおいでですから、
 教授に連れられてのこと、さほど自由に動き回りもしないのでしょうけれど。」
「………。」
「蛭魔くん、統計学の講義は履修していないのですか?」
「…取ってる。」
「おや、じゃあおいでかもしれませんね。でも、講義の一環で…。」
「それでもいい。何をしに来るのか判らない?」
「えっと、確か、
 図書館でアーカイブ見学の後、構内のどこかに陣取っての学生分布を見渡して、
 それへの講義を屋外にて受けるとか。」
「間近まで寄れる?」
「見世物扱いしたりお邪魔さえしなければ何とか。」
「…そっか。////////
「………。(くすすvv)」


  お後がよろしいようで♪






  〜Fine〜 07.6.21.


  *タイトルが微妙に間違ってますがノリでひとつ。(おいおい)
   ところで、今回は高見さんの言葉遣いを、
   どうしたものかとちょっと考えさせられちゃいました。
   先々で桜花産業総裁になる桜庭さんの“腹心筆頭”となるお人なので、
   それなりの口利きをさせるべきか、それともまだ ただの丁寧でいいものか。


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